こんにちは。クリニック事務長の鈴木恵子です。
「この作業、何のためにやってるんだろう…」
毎日、そんなふうに思いながら紙カルテを扱っている方も多いのではないでしょうか。
私たちのクリニックでは、診療前日に100人を超える予約患者さんの紙カルテをすべて出し、検査内容をチェック。受付横の棚に並べて準備するのですが、診療が終われば今度はすべてをカルテ庫に戻す必要があります。この作業にかかる時間は、1日30分以上。作業中は人手が足りなくなることもあります。焦ってカルテの戻し間違いが起こることもあり、探すのに余計な時間を要してしまうことも多々あります。
これらの話はきっと、多くの紙カルテで診療をしているクリニックで共通する「あるある」ではないでしょうか。
紙カルテが業務効率を下げる7つの問題とは?
紙カルテが業務効率を妨げる理由は、実は一つではありません。代表的な7つの問題を挙げると、次のようなものがあります。
まず1つ目は、手書きによる誤字脱字や訂正作業の手間です。記入ミスをすると、修正線を引いて書き直し、他のスタッフが読みにくい文字に戸惑うことも。ミスを防ぐために注意を払う時間そのものがロスになります。
次に、アナログ作業ゆえに「同じことを2度以上やってしまう」問題。問診票を紙で記入してもらい、それをカルテに転記する。検査結果をコピーして貼り付ける。このように無駄が多重化しています。
3つ目は、紙カルテの出し入れ作業そのものが非効率であること。探す、出す、戻すという単純作業ですが、これが一日に何十回と繰り返される現実は、侮れません。
4つ目は、スタッフの疲労によって業務の質が下がること。単調な作業や手書き入力は集中力を削ぎ、スタッフのストレスの元にもなっています。
5つ目に、紙カルテの保管と管理が物理的にも心理的にも負担だということ。保管スペースを圧迫し、火災や水漏れのリスクもゼロではありません。
6つ目は、医師が診察後にカルテを書いている間、次の患者を呼べない問題。わずかなロスの積み重ねが、待ち時間の長期化に直結します。
そして7つ目は、紹介状や診断書などをすべて手書きで対応している現状。定型文の多い文書なのに、毎回同じことを書いている…と感じている先生も多いのではないでしょうか。
電子カルテへの移行はこう進めた
当院のリアルな体験談
これらの問題を感じながらも「仕方ない」と諦めていた私たちのクリニックが、8年前に電子カルテへの移行を決断したのは、「これ以上は待てない」と判断したからでした。
とはいえ、導入までの道のりは簡単ではありませんでした。完全移行までには約5年かけて準備を進め、業務の棚卸しや機器の互換性の確認、操作研修などを段階的に行いました。
眼科という診療科の特性上、30台以上の検査機器との連携が不可欠でした。OCTや視野計、眼底カメラなど、メーカーが異なるため、電子カルテと連携できるかどうかを1台ずつ検証。古い機器については買い替えも検討しなければなりませんでした。事務長、スタッフ、視能訓練士や医師も巻き込んで、まさに「全員参加型」のプロジェクトでした。
スタッフ研修にも力を入れました。「入力に時間がかかって診療が遅れるのでは?」という不安に応えるため、導入前に模擬診療や操作トレーニングを繰り返しました。
そして、導入から半年後。スタッフからは「もう紙には戻れない」との声が自然と出るように。
カルテ探しの時間がなくなったこと、記録ミスや確認作業が減ったこと、そして何より、医師と患者が画面を共有して説明できるようになったことで、診察室の空気が変わりました。
あるスタッフは、「電子カルテに変えてから定時で帰れる日が増えました」と話してくれました。作業効率だけでなく、スタッフの生活そのものにも変化が生まれたのです。
導入の壁とその先にある変化
患者・スタッフのリアクション
「うちは少人数だから無理」「離島でネットも弱い」「ベテランスタッフばかりでITは…」という声も少なくありません。でも、だからこそ電子カルテの恩恵を最大限に受けられる可能性もあります。
たとえば、離島のクリニックではクラウド型電子カルテを導入することで、遠隔地の病院とのデータ共有がスムーズになり、診療応援の体制にも活かせます。
少人数体制のクリニックでは、一人あたりの業務負担が減ることで休憩がとれるようになるなど、効率化の恩恵がダイレクトに現れます。
導入後、患者さんからはこんな声もいただきました。
「先生が画面を見せながら説明してくれるからわかりやすい」
「家族にどう話せばいいか迷っていたけど、先生の説明を見て納得できました」
高齢の患者さんほど、視覚的な説明があることで安心して治療に臨めるようになったと感じています。
また、事業継承の際にも、過去の診療記録が整然と保存されていることで、新しい医師がスムーズに業務を引き継ぐこともできるでしょう。これは地域医療の持続性という視点からも大きなメリットです。
災害時における電子カルテのリスクと現実的な対応
電子カルテは災害時にも強い味方になる——そう言われることも多いですが、実際には運用環境によって差が出るというのが現実です。
たとえば、当院ではオンプレミス型の電子カルテを導入しています。そのため、システムが稼働するには電力供給が不可欠で、停電時には無停電電源装置(UPS)や発電機によるバックアップがなければ診療が止まってしまいます。
実際、2020年6月の大雨で市内でも当院のエリアだけに停電が発生した際には、約3時間システムが完全にダウンし、午前中の診療をすべて中止せざるを得ませんでした。災害リスクに備えるためには、システム選定だけでなく、インフラ整備も含めて考える必要があると実感しました。
一方で、クラウド型電子カルテであれば、ネット環境と最低限の電源さえあれば復旧可能なケースも多く、災害時の診療継続に有利な一面もあります。しかし、それにもインターネットの安定性やセキュリティ確保など、別の課題があるため一概にどちらが優れているとは言えません。
また、「電子カルテはシステムが壊れたら怖い」「止まったら何もできない」といった不安の声もありますが、それは紙カルテも同様です。紙カルテを使っているクリニックでも、レセコンや予約システムなどはほとんどがデジタル化されており、何らかのコンピューターを使用しているのが実情です。
つまり、紙であれ電子であれ、現代のクリニックにおいて「完全なアナログ」はほぼ存在せず、どのクリニックもIT環境に一定の依存をしているという前提でリスクマネジメントを行う必要があります。
そのうえで、電子カルテのメリットとして挙げられるのが、自動バックアップや多重保存の仕組み、サポート体制の充実です。トラブル発生時にもベンダーと連携して速やかに復旧できる体制が整っているため、結果として診療の継続性を担保しやすいという面はあります。
ただし、これは「しっかり準備していれば」という前提条件付き。災害時・停電時を想定したUPSや手動記録用の簡易診療シートの準備、そして「いざという時のオペレーションマニュアル」の整備こそが、最終的にクリニックを守る鍵となります。
実際に導入してみて、一番驚いたのは「スタッフの声」でした。
「カルテ探しがなくなって気が楽になった」
「記録作業で迷うことがなくなった」
「初めてタブレットを買って、プライベートでもデジタルに強くなった気がする」
デジタル化は業務だけでなく、スタッフの働き方そのものを変える力を持っています。
ただし、導入には注意点もあります。よくある失敗は、「全部を一気に切り替えてしまって混乱する」ケース。
私たちは、まず検査部門から段階的に導入し、現場の声を拾いながら少しずつ拡張していきました。研修期間を十分に取り、操作マニュアルを院内用にカスタマイズしたのも成功のポイントでした。
医師の説明も、患者さんの理解も、確実に良い方向に変わります。
電子カルテで医師が記録に追われる時間が減り、説明に集中できるようになったことで、診療の質そのものが上がりました。クラークの活用で、診療に専念できる仕組みも整いました。
電子カルテ導入は決して簡単ではありません。でも、診療効率、スタッフの働き方、患者の満足度、そしてクリニックの未来——そのすべてに関わる、大きな一歩です。
まずは、チームをつくって話し合う。興味のある電子カルテの資料を集める。院内で「今、何が無駄なのか」を洗い出すことから始めてみてください。
その一歩が、未来のクリニック経営を支える力になります。